埼玉西部 土と水と空気を守る会
 

 くぬぎやま

  くぬぎやまを知っていますか?

 所沢には、ここかしこに、美しい林と、広々とした畑が残っています。春には新緑の薄緑と、屋敷林を彩る花が次から次へと咲き誇り、その素朴な美しさは、何ものにも代え難く、心を和ませます。くぬぎやまは、そんな中でも、とりわけ広く残った所沢北部・狭山、川越、三芳町にまたがって150haほどに広がる平地林です。

 くぬぎやまを語るにはこの地域の農業を知る必要があります。この地の農業は、300年前の新田開拓に始まります。荒れ地に林を植え育て、その落ち葉を堆肥にする有機農業を代々受け継ぎ、誇りを持って林と畑を頑なに守り続けて来た農家が残っています。それは、首都圏の都市乱開発の中、この地に希有に残った300年前から続いてきた貴重な文化とくらしです。
 その農業が今、危機に瀕しています。都市の農業が大切にされなくなってきた時代の流れと共に、人手が少なくなり、林の手入れを続ける農家も年々少なくなりました。

 この地の農業を次の世代にも渡したい、と願う農家に、相続税の負担が重くのしかかります。 
 林は、農家の私有地であり、相続が発生すると、地価の上昇に伴い、莫大な相続税の負担が強いられます。それを払うために切り売りされた林が、資材置き場になり、野焼きが始まり、そして、産業廃棄物処理業者が侵入してきた、という経緯があります。都市域に残る林と畑は、貴重な財産であることは、云うまでもありません。ところがそれを守る手だては全くとられていません。今手だてをとらなければあっと言う間になくなってしまうというのに。

 私たちは、所沢の農業を、くぬぎ山を守りたい。

 くぬぎ山」の変遷

 
 くぬぎ山は1960年代以降、都市化の波を受け続けてきました。
 最初に三芳町の清掃工場が建ってから、1970〜90年代には産業廃棄物処理施設が多数立地してしまいました。
 1990年代にはくぬぎ山の産業廃棄物処理施設等が「所沢ダイオキシン問題」として、大きな社会問題となり、その後、自然再生事業の取り組みが始まりました。
 しかし、、時は流れ、みなが期待した自然再生事業による、くぬぎ山の緑地保全地域指定も、協議がまとまらず、見送られるという結果に。。
 その間にも、虫食い状態で、林が伐採されていきます。
 


 

 エコネットとみおか

 エコネットとみおかでは、月1回くぬぎ山のごみ拾いをやっています。
 農家の方と一緒に、畑作業もやっています。春にはじゃがいもの植え付けから始まり、里芋、ヤーコン、葉物野菜冬にはにんじんなどなど、思い思いの作物を育てています。中には、ハバネロなどからいもの大好きの一角もあります。冬には林の手入れをして、落ち葉はき、それを堆肥にしてまた畑にいれて、と 地元の農業の大変さと楽しさをしっかり教えてもらっています。
 自然の中で体を動かすことの大好きな人のご参加をお待ちしています。

 エコネットとみおかのブログはこちらです。ぜひ、遊びに来てください。

 くぬぎやまコンサート

 エコネットとみおかと協同して、くぬぎ山コンサートを企画して楽しんでいます。すてきな林を知ってもらうよい機会になることを願って。
昨年は、モンゴルのホーミーの名人!の若者が来てくれて、大変素敵な時間をすごしました。今年はどんなことができるかな。
「鳥は、林を願ふ。鳥にあらざれば、その心を知らず。」


                                            



   
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